第277回例会 地名探訪「江の島道を南下し、片瀬を縦断する」
- 投稿日
- 執筆者
- 佐々木 道雄
- 掲載元
- ミニだより116号
2025年3月18日(火)/21日(金)
2日間の片瀬地区地名探訪は好天にも恵まれ、計68人の参加者数を得て実施されました。第一日目の昼食場所が狭い部屋しか予約できなかったため、希望の3月18日から21日に予定を変更していただいた参加者も多く、この場を借りて改めてお詫びと変更を受諾いただいたことに感謝申し上げます。
今回の片瀬地区地名探訪では、集合場所を藤沢駅北口サンパール広場とし2班に分かれ、まずは江の島道の起点となる遊行寺方面に400m程北上しました。2015年に完成した遊行ロータリーには鍼灸師杉山検校寄進の江の島道道標(以後、杉山道標と称す)があり、今探訪のガイドを開始しました。市内に現存する13基のうち、当日は7基を見物する最初の1基です。この辺は藤沢地区の小字大道東にあたります。
近隣の庚申堂を見学の後、藤沢駅脇のJR線路下の地下道をくぐり、小田急デパート脇を2基目の杉山道標と石造物が集積されている石上公園まで進みました。
東海道車田からの江の島道脇往還と合流する石上の渡し場 (2艘の舟橋) 跡は片瀬川旧流路にあり、鵠沼地区からいよいよ片瀬地区に入りました。旧流路は彎曲状を呈し、旧片瀬村では袋の底部は川袋の小字名が付けられていました。明治6年には片瀬の豪農山本庄太郎氏が私費を投じて土橋を寄贈し、山本橋と命名されました。治水工事のため明治30年代前半に流路が直線化され、新流路に架かる上山本橋 (下流に山本橋が建設されたため、「上」が付された)は、明治33年に県費で建造された由来を持つ橋です。橋を渡ると鎌倉道との合流点となる大源太の辻(小字名は当地に住む小塚姓の一族が「源」を名に付すことから)に至り、現在の上・下諏訪神社の旧地といわれる小字宮畑や頼朝伝承の馬喰橋を通過すると、江の島道をひたする南下するルートとなります。途中、地元出身の快祐上人が入定したと伝わる岩屋不動尊に寄り道した後は、泉蔵寺・上諏訪神社・密蔵寺と巡るルートとなりますが、泉蔵寺入口脇の浪合自治会館で昼食としました。

浪合というのは当地の小字名で、昔、津波に襲われた際に、片瀬川の流れが津波とぶつかった地点との伝承から命名されたと伝わります。その後、下諏訪神社・浜の地蔵堂跡・本蓮寺・西行戻り松・常立寺と片瀬地区では著名な社寺や史跡を巡りました。このルートを縦断すると、遊行寺を起点として、江の島弁財天を参詣する信仰の道であったことがよくわかります。江の島での遊山の楽しみの有無は別として、参詣者は沿道の寺社に篤い信仰心で接したに違いないありません。常立寺の先には杉山道標と同様に藤沢市の文化財となっている江の島道と龍口道との分岐点を示す道標があります。左の龍口道にそれ、龍口寺を祖師堂・土牢と短時間で見学し、明治末年に大蔵大臣を務めた曽根荒助別荘跡、続いて杉山道標7基最後となる洲鼻通り沿いの杉山道標を見て、解散場所となる片瀬江ノ島駅に向かい、無事7kmのルートを完遂できたことを喜びました。
(参加者:68名)