皇大神宮(烏森神社)と東京新橋・烏森神社とスリラー映画・鳥
- 投稿日
- 執筆者
- 中岡裕志
- 掲載元
- ミニだより120号
皇大神宮(烏森神社)へ出かけた。由緒によると、境内地は、3300坪の広さがあり、樹齢約700年のタブの木をはじめカシ、ケヤキ、シイなどの樹々がうっそうと繁り、その昔、烏が群棲していたことから、この鎮守の杜は「烏森」と呼ばれるようになったという。

一の鳥居をくぐる。鳥居は、伊勢神宮の鳥居に代表される神明鳥居である。二ノ鳥居をくぐる。左右に人形山車庫がある。そして三の鳥居をくぐる。社殿である。
御祭神(主祭神)は、天照皇大神。第53代淳和天皇の御代、天長9年(832年)御社殿造立の記録あり、勧請の時期は、更にどれほど遡るべきか詳らかでないが、創建の極めて古いことは明らかである。
第60代醍醐天皇の御代、延喜式が選進されたころに、奈良時代以来現在の藤沢市の内、藤沢・西富・大鋸・鵠沼・辻堂などの各地を合わせてとなえられていた相模国十甘郷の総社に列せられ、この時以来、相模国十甘郷総社神明宮と称し、あまねく人士の尊崇を集めることとなった。

烏森春日射し込む社かな
例祭日には、湯華神楽(鎌倉神楽)が催される、さらに、盛観を誇る三層式・総高約8mの人形山車が、境内に集まる。整列は昔から決まっていて、宮ノ前の「那須与一」、上村(かむら)の「源頼朝」、清水の「神武天皇」、宿庭の「源義経」、苅田の「徳川家康」、大東の「楠木正成」、仲東の「浦島太郎」、原の「日本武尊」、堀川の「仁徳天皇」という順番である。これらの人形山車の豪華さは、各村に財力があることを示している。
御社前のベンチで女子高校生2人、スマホを見て笑っている。今が一番楽しい時代である。
東京新橋・烏森神社に行ってみた。御祭神は、倉稲魂命(うがのみたまのみこと)、芸能の神といわれる天細女命(あめのうづめのみこと)、瓊瓊杵命(ににぎのみこと)。
由緒によると、烏森の地は、古くこのあたりが武蔵野国桜田村と呼ばれていた時代には、江戸湾の砂浜で、一帯は松林でした。そのため当時この地帯は「枯州の森」あるいは「空州の森」と言われていた。しかもこの松林には、烏が多く集まって巣をかけていたため、後には「烏の森」とも呼ばれるようになった。それが「烏森」という名の起こりです。
明治以降、昭和7年まで町名としてつかわれていたが、その後新橋に改められ、今では新橋駅の烏森口と烏森神社にその名をとどめている。
神社の創始は、平安時代の天慶3年(940年)、東国の平将門の乱に、むかで退治の説話で有名な鎮守将軍藤原秀郷(俵藤太)が戦勝し、神鳥の群がる所が霊地とのお告げにより、お礼として、この地に社頭を創建した。これが烏森稲荷の起こりと言われている。
それにしても、烏森神社は、飲み屋街の一角にある。夜になると、しらふでは歩けない街に一変するのである。

烏の大群というと、アルフレッド・ヒッチコック監督のスリラー映画・鳥を思い出す。鳥が人間を襲う映画で、身体中襲われる場面は、本当に怖い。
映画WEBマガジン・シネ・モアによると、あらすじはこうである。美しいブロンドの女性メラニー・ダニエルスが、婚約者のミッチ・ブレナーに会いにボデガ・ベイにやってくる。突然、舞い降りてきた1羽の鳥が、メラニーの額をつつき飛び去った。これが事件の発端だった。その後、何千羽もの鳥が町に群れをなしてやってきて、子供や住民たちを襲う。ミッチやメラニーも、何の理由もなく襲う鳥たちの力と戦うのに命をかける。解決を見いだせないまま、映画は終わるのである。

梅雨寒やヒッチコックの映画・鳥
藤沢の烏森神社は、数十羽の烏と大きな森がある。新橋の烏森神社は、烏も森もない。いずれにしても、神を祭ってある所で、心安まるのである。