柄沢橋と柄沢神社
- 投稿日
- 執筆者
- 中岡裕志
- 掲載元
- ミニだより120号
藤沢橋を渡り、遊行寺坂の途中、バス道路を右側に曲がる。10分程歩くと柄沢橋に着く。柄沢橋は、横浜市戸塚区原宿に源を発した滝川に架かる5m程の短い橋である。暗渠になっており、上流側から川を見ると様子がわかる。その流れは、藤沢橋近くの境川の下流に滝のように流れ落ちている。
この地域は、台風などで浸水被害がたびたび発生していたので、20年程前の河川工事で、柄沢橋の下に、滝川の分水路を作り、地下河川として築造し、藤沢橋下流の大鋸3丁目(御所ヶ谷橋上流付近)で境川に合流させている。
水温む猫丸くなる橋の上

柄沢橋から、宮ノ下方面へ10分程歩くと柄沢神社である。今日は、4月の小祭である。境内では、御神輿の2階で、太鼓をたたいて楽しんでいる子供達がいる。神座には、鏡を飾っている。柄沢神社の法被を着たおじいさん、来賓、神主等が祝詞をあげている。
由緒によると、柄沢神社の御祭神は、天照皇大神、孝安天皇である。創建年不詳。もとは第六天社といい、第六代孝安天皇を祀っていた。
建久四年(1193)右大将源頼朝が武州入間川に狩りに行く途中、当神社に参拝したことから信仰が広まり、鎌倉武士や江戸時代の領主大久保佐渡守忠保等の崇拝極めて篤く、村民もまた氏神と仰ぎ祭事を尽くした。

鈴の音のひびく神社や朝霞
明治元年(1868)第六天社を柄沢神社と改称した。大正十年(1921)大神宮を合併し、天照皇大神を合祀した。
境内には、市内ではめずらしい「帝釈天王」文字塔(万延元年銘・1860)が柄沢講中によって建立されているほか、十数基の石造物が行儀よく並んでいる。
道路を挟んで、窪地の宮ノ下公園がある。公園課に「この公園が窪地なのは、掘っているとマンモスの骨が出てきたからですか」と問うと、「そうではなくて、元から窪地だった」と答える。大いに、残念である。
